「良い高校に行ってほしい」「良い大学に行かせたい」
という声を耳にすることが多くあります。
多くの場合、その良い学校は偏差値が高いかどうか を基準に語られます。
大学に進学することも、偏差値の高い学校に挑戦することも素晴らしい選択肢です。
その基準が「その子にとっての幸せ」や「本当に育てたい力」から切り離されてしまうと、少し違和感があります。
偏差値=価値 ではない理由
偏差値は学力を測るひとつの物差しにすぎません。
勉強が得意な子もいれば、身体表現が得意な子もいる。
創造力に優れた子、リーダーシップを発揮する子、人を笑顔にする天才のような子だっている。
ROBOGATOの中にもそのような数字では表せない魅力的な子供が多々いる。
偏差値だけで「良い・悪い」が決まってしまうと、
本来持つ魅力や可能性が見えにくくなってしまう。
大事なのは「どの学校に行くか」よりも、
どんな価値観を身につけ、どんな生き方を選べるようになるか。
大学進学は目的ではなく手段”
大学に行くこと自体はとても良い選択です。
ただし、進学そのものがゴールになってしまうと、本質から外れていきます。
本来は、
「何を学びたいのか」
「どんな道に進みたいのか」
「そのために大学が必要なのか」
という順番で考えるべきです。
大学は人生を広げるための手段であって、答えではありません。
本質はどこにあるのか?
子どもにとって本当に大切なのは、
- 自分で選ぶ力
- 失敗しても立ち上がる力
- 好奇心を持ち続ける姿勢
- 人と協力し、周囲を大切にできる心
- 自分らしく努力できる環境
こうした力は、偏差値だけでは測れません。
どの学校に進むかよりも、
その子が自分の人生に“主体性”を持てるかどうか。
ここが本質。
子どもたちが育つ場所は学校だけではない
学校の価値はもちろん大きい。
けれど、子どもが伸びる場所は学校だけではありません。
家庭、部活動、習い事、地域のつながり、遊ぶ時間。
その子の未来を形づくります。
だからこそ、
「この学校なら安心」ではなく
「この子の未来に必要な環境は何か?」
この視点が大切。
偏差値の話になると、どうしても競争や比較が前面に出てしまいます。
でも、子どもの価値は本来、そんな狭い枠の中に収まりません。
大事なのは
その子が自分の人生を自分で選べるようにすること。
(なんでもかんでも無謀なことに突っ込んでいくのとは意味が違いますのでそこは理解していただきたい)
そして、そのサポートができる組織であり続けたいと思っています。
第三回に続くのか。。。
幅広く、深く、自由に。